Saturday, January 24, 2009

■シム・チュンキャット「罰金大国シンガポール」

シンガポールを紹介する本やウェブサイトなどでは、必ずといっていいほど
「Singapore is a Fine Country!」という言葉が目につきます。平常時なら「天気が
いい」とか「気持ちがいい」もしくは単なる「美しい」という意味をもつFineなので
すが、TPOを変えれば、なぜか「罰金」という意味に変貌してしまうのです(ときに
英語も日本語に負けないぐらいややこしいですね)。さっきの言葉に戻りますが、つ
まり「シンガポールは美しい国なのですが、罰金大国でもあります!」ということに
対するシンガポール人の一種の自嘲的な皮肉です。シンガポール以外の国なら「あ、
すみません、ついうっかり…」ということとして片づけられそうなことでも、シンガ
ポールではことごとく罰金の対象とされてしまうのです。

ゴミやタバコのポイ捨て、路上でのタン吐き、冷房の効いている場所での喫煙や、交
通規則を無視しての道路横断などの「けしからぬ」行為に罰金がつくことぐらいな
ら、シンガポールではもう小学生でも熟知している常識です。そのほかに、罰金制度
のマイナー部分では、例えば公園の花を摘むと罰金(花は花屋で買ってください)、
カラスやハトなどの野鳥に餌をやると罰金(そんなに鳥が可愛いのなら、ペットとし
て家で飼ってください)、トイレで水を流さないと罰金(誰がどこで見ているのかは
知りません)、地下鉄やバスの中で飲食することはもちろん、可燃性のものやドリア
ンの持ち込みでも罰金(にんにくと同様、それ以上に個性的な臭いをもつドリアンの
場合でも、一緒に食べたなら問題はないのですが、周りに一人でも食べていない人が
いたら、その人の鼻は間違いなく地獄に陥ります。そう、まさに酸鼻の地獄!)など
の罰則もあります。
 
とりわけ、地下鉄での罰則については、僕にはちょっとほろ苦くも恥ずかしい記憶が
あります。時はずいぶん遡りますが、シンガポールで初めて地下鉄ができた頃、当時
青春真っ盛りの僕は日本で花の大学生生活を送っていました。それである年ひさびさ
に帰国した僕は、ずっと気ままに東京の電車網を使っていたせいもあり、当然ながら
シンガポールの地下鉄の壁に貼ってある罰則に圧倒されてしまったわけです。これも
ダメあれもダメで、つまるところシンガポールの地下鉄は乗るだけの乗り物です。
「フン、アホくさ、こんな国を出ておいて良かった」と自分の国をバカにしたように
鼻で笑った僕にはすぐそのツケが来ました。ガムや飴を食べることも原則的にできな
かったので、退屈していた僕は普通に本を取り出して読書を始めました。それから間
もなく周りの冷たい視線を感じ取った僕はハッとしました。まさか、ノー・リーディ
ング!?と僕はその場でいきなりいつものクールさを失って慌てて本をかばんの中に
突っ込みながらも、警戒しながらきょろきょろ周りを見回しました。「ナニをやって
んの、こいつ?」と周りの空気がさらに冷たくなったのは言うまでもありません。本
当のアホは僕でした。周りの人々が僕を見ていたのは恐らく僕にひげがあったのと
(シンガポール人は一般にひげを生やさない)、乗る距離が短いから普通は地下鉄の
中で読書をしないためなのでしょう。とにかく、学力重視のシンガポールが地下鉄で
のリーディングを禁止するはずがありません。このエピソードは、罰金制度がいかに
身に染みついていて、またいつも誰かに見られているかもしれないと思う自分を見事
に映し出したものでした。本当に恥ずかしいというか、情けないです。でも、この話
を友達に話したら、「お前だけだよ!」と皆の失笑を買っただけでした(笑)。

そしてシンガポールの罰金制度の王様といったら、さきほども少し話に出ましたが、
それはもうなんてったってチューインガムの禁止令なのです。なんでチューインガム
がシンガポールにそこまで憎まれなければならないの?という質問をよくされます
が、う~ん、大した理由はないですよ。まあ、でも視点を変えれば大した理由もあっ
たかもしれません。
 
時はまた遡りますが、僕がそれもまた青春真っ盛りの高校生だった頃まではチューイ
ンガムはシンガポールでも普通に噛まれていました。でも噛んだあとのガムを、ポイ
捨てはダメなわけですから、シンガポールの若者はこっそりとあちこちに貼り付けた
りしていました(もちろん僕はやりませんでしたよ)。そしてそれがエスカレートし
てしまって、その後できたばかりの地下鉄の座席の裏やドアの隙間に突っ込んだり、
団地のエレベーターのボタンに貼り付けたりするケースが続出して、そのため地下鉄
の運行に支障を来したり、またエレベーターのボタンがベタベタと汚くて押せないと
いう苦情が増えたり…とにかくガムは「公害」そのものだったわけです。もちろん、
悪いのはそのような悪質ないたずらをした若者であり、決してガムではありません。
でも美しい国を作ることを目指してきたシンガポールにとって、ガムは目障りでしか
ありませんでした。それで「ガムを噛むな!」という禁止令が90年代の頭に出され、
一日にしてガムはシンガポールから姿を消し、今日に至ったわけです。
 
そしてガムの大量持ち込みには最高罰金である1万シンガポールドル(2008年12月現
在、63万円ぐらい)がついてしまいました。まあ、「大量」はいったいどれぐらいの
量を指すのかは明文化されていませんが、僕が捕まったときの経験からいうと、8箱
ぐらいですかね。そうです、カミングアウトします。僕はその昔ガムの密輸で警察に
連行されたことがあるのです。うそではありません。僕は前科もちです。はい、説明
しますね。
 
ガムは、シンガポールにはもうありませんが、国境の大橋を渡ればマレーシアにはた
くさんあります。そしてあるとき、僕は8箱のガムをシンガポールに持ち込もうとし
ましたが、またひげのせいか税関で足を止められ、かばんの中身をチェックされてし
まいました。「これは何ですか」と税関の捜査官。「ガムですね」と潔く正直に答え
た僕。「ついてこい!」とその後僕は連れていかれた冷房の効きすぎの小部屋で名前
とその他の個人情報を書かれました。「1万ドルもってないよ!」と叫ぼうとしたと
ころ、「初めてだから、見逃してやるよ」と捜査官は一瞬にして天使になりました
(まあ、正確にいえば、捕まったのは初めてでしたが、ガムを「密輸」したのは数回
目でしたけどね)。
 
以上が、僕がシンガポールの法に触れた最初で最後の体験です。本当です。この僕の
前科に関するエピソードからもわかるように、シンガポールの罰金制度は確かに細か
くてうるさいのですが、僕の周りに罰金を取られたという人はそんなにいないです、
というか、いないです。そのアバウトさというか、ゆるさがシンガポールも結局東南
アジアの国だなぁと思わせるところです。また、敢えて法を犯すようなことを皆はし
ないというか、要はルールをきちんと守り、「けしからぬ」行為をしなければいいわ
けです。
 
ただ、ガム禁止令のせいでシンガポールの今のほとんどの子どもがガムも噛めないと
いう現実が少し寂しいと思います。例えば、僕が日本から「少量」のガムをシンガ
ポールに持ち込み、甥っ子とか姪っ子に与えようとしたら、いつも兄夫婦と弟夫婦に
慌てて止められたりします。なぜなら、甥っ子や姪っ子は噛んだあとのガムを吐き出
すことを知らず、飴だと思ってつい飲みこんでしまうからです。ガムを噛めなくても
いいと兄夫婦と弟夫婦は言いますが、ガムを噛めずに一生を終える人生なんてやはり
どこか寂しい気が僕はします。

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<シム・チュンキャット☆ Sim Choon Kiat☆ 沈 俊傑>
シンガポール教育省・技術教育局の政策企画官などを経て、2008年東京大学教育学研
究科博士課程修了、博士号(教育学)を取得。現在は、日本学術振興会の外国人特別
研究員として同研究科で研究を継続中。SGRA研究員。著作に、「リーディング
ス・日本の教育と社会--第2巻・学歴社会と受験競争」(本田由紀・平沢和司
編)、『高校教育における日本とシンガポールのメリトクラシー』第18章(日本図書
センター)2007年、「選抜度の低い学校が果たす教育的・社会的機能と役割」(東洋
館出版社)2009年。

Saturday, January 03, 2009

复议复议复议复议复议复议

我不想重考

但熬过这3个礼拜 或许还是要重考

妈的

从来没这么狼狈过
重要的是我太高调 以为能起积极作用 结果却让自己更加狼狈……

快乐点 亲爱的!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

Saturday, May 19, 2007


下周计划:日语期中考试,韩语补习,团校,模拟联合国,演讲与口才结课考试,牙医。事情多可以原谅,统统迫在眉睫就显得极其不人道了。我的小小的惆怅被挤成鸡肉肠状,一遇到闲暇就又不肯死心地胖开了去……可一想到香喷喷的薯片,肉感十足的滩枣,甜糯的北京茄子又不免肆恣一番,起码每天五点半都心甘情愿地爬起来,为的是桌上码得整整齐齐的那份早餐。尽管今非昔比,人比黄花瘦,食物比我秀色可餐,但都一回事,迟早跟着我一起去冲水马桶报道去。

Tuesday, November 28, 2006

GREAT MOVE!

搬家过来了
旧的再说,或许会考虑把里面的东西转一部分过来,然后把SPACE毙掉